大人というものは
2009年 11月 01日
どんなに苦労が多くても、
自分のほうから人を愛していける、
人間になる事だと思います。
-----------------------------------------
「ご機嫌いかがですか」
シルクハットの中から鳩が出てきて挨拶をしてくれた。
ご機嫌はまずまずだと答えると、
鳩はにっこり笑ったように見えた(くちばしだから、どういう風に笑うのか見当もつかない)。
それから帽子から、よいしょと出てきた。
シルクハットのおかれている、赤い色のガラス細工がはめ込まれた高いテーブルに、
コツ、コツと足を擦り付ける。その響く音を楽しんでいるように。確かめるように。
「ノアが、洪水のあとに、私の祖先を放ちました。」
鳩がぽつりと語り始めた。私の目は、いびつに毛が逆立てられたシルクハットを眺めている。
もったいない。綺麗だったんだろう。
「3度放たれました。一度目は水がひいていなかったので戻ってきました。2度目は、オリーブの葉を持って帰ってきました。3度目は、戻ってきませんでした。」
その前に、ノアは烏もはなったんですよ、
彼がどうなったかは知りませんけどね。
と鳩は半ば小ばかにしたように笑った。
何だか気分がよくなくて、それで何がおっしゃりたいのですか、鳩として。
と聞いてみた。
「いえ、気分を害されたのなら謝ります。私はただ、誇るべき私の祖先について
お話がしたかっただけなのです。私が言いたかったのはね、なぜノアは2回目に
私の祖先がオリーブの葉を持ってきたときに、水がひいた、外に出ようって思わなかったのか。
なぜまた7日も待って、3度目の鳩を放ち、その後結局洪水から1年たってから、箱舟を出たのですか。
結果的にはよかったのですよ、だって大地が完全に乾いたのが1年後だったわけですから」
神様が、出ろとおっしゃらなかったから、出なかったんじゃないのかなぁ。
というと、そうだそうだ、と鳩もうなずく。
「そうですね。ただ、鳩の悲しい習性で、私はせっかちなんです。
だから、3度目に鳩が戻らなかったら、私なら扉を開いて出て行ってしまったでしょう」
おしゃべりな鳩だ。
「衝動にまかせて物事を進めると、うまくいかない、っていう事ですよね」
「そのとおりです」
鳩はうなずく。
沈黙が静かに降ってきて、部屋の隅にあったレコードから、セザリア・エボラのまったりした声が聞こえる。
鳩の言いたいことはわかったが、鳩の取り出した例は、いまいち説得力にかける。
つまり、「衝動にまかせて行動したノア」の例がないからだ。
私は、鳩の脳のサイズを考えて、この事を胸に秘めておくことにした。
by pussochkram85
| 2009-11-01 20:10
| 詩とか、考えた事