言いたい放題


by pussochkram85

だいじょうぶ


今日、私は大丈夫だと、ふと思った。
心のそこから、思えた。


言葉には、意味がある。一番最初の日本人が、鳥をみてそれが、
「とり」というサウンドのような生き物なんだ、と決定した。
その時点で日本ではその生物は「とり」であり、その言葉の効力は絶対だ。

昔の人は、自分の名前を教えるときに、物凄く慎重だった。
なぜかというと、名前を教えることは、その人の全てを相手にコントロールさせる
事だから。例えば「みさ」という名前を知った人は、私を呼ぶ事が出来る。
私に命令することができる。私を、コントロールできる。
昔の人はそう考えた。だから、一番大切な人々にしか名前は教えなかった。(らしい)
あだなだったり、普通の生活で呼ばれる名前と共に、
家族しかしらない「本当の名前」が存在したりしていたのも、そういう理由だ。


言葉の拘束力を、あなどってはいけないのだ。
汚い言葉を使うときは、本当に汚い事をあらわすときに。
うれしい感情や、人を幸せにする言葉は、温かいもののために。
使い分けが必要です。
「馬鹿だな」
といわれると、無意識にプライドが傷ついたり、私馬鹿なんだ、って思ったりする。
それは言葉の力だと思う。


大丈夫、って言葉も。いうと大丈夫になるもので。
自分が何か分かっているから、大丈夫。
コアな部分で、私は私を知っている。それより何より、神様が私を知っていてくださる。
だから、大丈夫。
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by pussochkram85 | 2009-11-09 23:24 | 明るめ・落ち着きめ