言いたい放題


by pussochkram85

カテゴリ:神と歩む( 30 )

見る


悲しみを、正直に見つめる。

私は飽きもせずよく、落ち込んでるけど、今日はちょっと不思議だ。
うわべの悲しみでなくて、私の奥の奥の悲しみと、本質的な醜さが、ちょっとだけ垣間見えた。
知らないうちに鍵をかけて見えていなかった、黒い箱が心のタンスにあった。
神様は、それを私に見せてくれた。力と知恵を、ちょっとだけ与えてくださったんだ。
赤黒くて汚いものだった。膿だらけで。腐って、動物臭い、意地汚い卑しい自分。

誰かがその感情の原因になっていたとしても、何かがきっかけで私が悲しかったとしても、
その感情の持ち主は私だから、悲しいという感情は、私の責任で処理する。
これは、私の仕事。


24年目。私は、ようやく「本当」の私を知り始めた。
ちょっとずつ、成長してる。
感謝。
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高原剛一郎氏のブログで、
私も前から考えていた事を、ばっちり書かれていたので紹介。

人は、根本的に一人だという事。
周りの人や、家族、恋人、友人、いろんな人に支えられて生きているけど、
私は、その人たちの気持ちを、いつでも、100%理解できる事なんてない。
そして彼らは私の気持ちを全て理解できるわけではない。
私たちは、別々な個性を持って造られているからだ。
同じ出来事に遭遇しても、感じ方は十人十色だ。

でもそれは、別に孤立しろってことではなく、孤独であるって言う事実なだけ。
孤立は、他人が認めてくれない事や、他者に受け入れられない寂しさから、
物理的に全てから距離を置く事。
孤独になって初めて、自分を知って、向き合えると思う。
孤立と、孤独は、違います。と氏は書かれる。
イエス様は、弟子たちや人々に理解されなかった点では「孤独」だったけれど、
「孤立」してはいなかった。むしろ、弟子たちと人々を心から愛された。
すごく納得。

人生で一番はじめに心打たれた聖書の箇所、詩編139は
神様だけは、私の言いたい事や考えてる事をご存知だと語る。
これを読んだときは、失恋したときで、今思うと、
「依存」から抜け出る試練の只中にあって、この言葉と出会ったんだと感じる。
頼り、頼られる事で存在意義を確認していた。勿論それもいいんだけど、
そこに私が求めていたものは、生ぬるい現実逃避と、不安定なつながり。
相手の本質や、弱さ、強さ、良いところ、悪い所を受け入れて、相手に私のすべてを認めてもらって、
共に生きる、という事ではなかった。
私の場合、あれはただの依存だったんだと今なら言える。

「私がいるではないか」と高原氏が書かれた一言に、
涙が止まらなくなった。あなたがいる。あなたは、いる。今ここに生きてる。
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by pussochkram85 | 2010-02-23 08:51 | 神と歩む

前に転べ


最近なんか年寄りっぽく、やたら早い時間に目が覚める。
いや、いいことなんですけどね。幼稚園からかれこれ21年くらい全く出来なかった、
早寝早起きが、なんだか最近できるようになった。
早く起こしてくれー!って祈った成果かな。answered prayer!
すげー。神様すげー。いっつも大感動。
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アメリカで神学勉強してるツトムさんのブログは、
超面白い。むちゃくちゃ正直で、おもしろい。
ご一読あれー。
ツトムジャーナル

その中の記事で、おお、と感動したので、共有。
「前にコケる事」について。
ツトムさんが書かれていたことを、私なりに解釈したもの↓

転ぶことって、あると思うんですよ。誰でも。
つーかコケる?倒れるんじゃなくて、ヨロッて、おっとっと、ってなる事。

失敗したり、やりたい事ができなかったり、傷つけたり、傷ついたり、
悩んだり、恥ずかしい思いしたり、まぁ色々あるさね。

転ぶ事って、まぁ仕方ないよね。
私はここ3.4年前くらいまで、
何も無い道で転ぶのが特技でした。
いや、なんにもなくても転べるって、ある意味凄いよね。もう最近ない?かな・・・。

まぁそれはどうでもいいけどさ。

転ぶにも、「転び方」があると思うのさ。
転ぶっていうか、コケる?かな。
前にコケる。っていうコケ方、大事だと思うんです。

普通なら、ただまぁ普通にコケるんだけど、
目が前を向いていると、コケる時も、おっとっと、って、
スピードが加速する。前方向に。
加速して、前に進める。

当たり前みたいですが、
成功するために、失敗って、転ぶ事って、すごい重要なんだよね。

" Success often rises out of the ashes of failure."
って、今日のデボーションで読んだところだったから、
すごいピンポイントで、神様これを教えてくださった一日です。
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by pussochkram85 | 2010-02-16 00:30 | 神と歩む

日本のクリスチャンの歴史の中で、とっても有名なのが、
内村鑑三

ちなみに、彼を記念して作られた教会で、私は自分の結婚式がしたい!と思っちょります。
いつなんだそれは、なんて聞かないでください。
ま、結婚式場探してる方、結婚したいよって方、のぞいてみてよ。
想像(妄想?)膨らんじゃう事間違いなし。
軽井沢石の教会

閑話休題。

この内村鑑三が、人は二種類に分けられる、と語ったそうです。
一つは、「批判する人」、もう一つは「批判される人」。

「批判される人」は、何かを与え続ける人。
「批判する人」は、何もしないでそれを批評する人。

何かに挑んで批評される人と、
何もしないで批評・評価する人。
私は、どちらなんだろう。

クリスチャンになって、素晴らしい言葉や素晴らしい出来事、色んな事を見てきて、
聞いてきて、読んだ。
でも、私はそれを実行してるんだろうか。
考えるだけ考えて、言葉にして、納得して終わってないか。
実行しなきゃ、意味ない。

大事な人がいるなら、その人の語る言葉を信じないと、何も始まらない。
それと同じで、キリストが「國吉さん、ちょっとそれをやんなさい」とおっしゃるなら、
やるしかないんだわ。


よし。もう一頑張りしますか。
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by pussochkram85 | 2010-02-15 06:03 | 神と歩む

この時期くらいから

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みんながイライラし始める。3年生で、課題と卒論でいっぱいいっぱいになってくるから。
そのせいか、最近クラスの人々の、いさかいや、争論に遭遇してしまう事が多くなった。

もともと、政治学部の人々は、議論とか、うんちくとか、大好きだから、
いつもギャーギャーうるさいんだけど、最近、学部の人々の中のあの人のココが嫌、とか、
この人にイラッとしたとか、そういう話を聞いたり、
誰が何をした、っていう口論に巻き込まれちゃったりするんだ。

聞く側としては、悲しいし、自分にも良い影響がないので、辛いなと思っていた。

そこで思い出したのが、コリントの信徒への手紙一(1Corinthians)13:4-8。

「愛は、忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
愛は決して滅びない。・・・」


有名な箇所だけど、読むといつも、ハッとさせられる。
イライラしたり、忙しくなると、一番に忘れがちになるのが、愛かもしれない。
っていうか普通の生活で、私はこれを実行している自信が無い。

でもこんな素晴らしい箇所が書かれている本、そしてそれを教えてくださった神を信じて
生きていける自分は、幸せ者だとも思う。

クラスの人々に、愛ってやつが足りてないのかなっても思うけど、
何よりも、私自身は、どうなのか。こういう時期だからこそ、忘れたくない事だと思う。

友達に、私は、怒りを吸収する人だと言われる。
まぁ基本的に、怒る事が少ないから、他人の怒りもちょっとくらいなら、
消化できるのかもしれない。本当か知らないけど。
でも確かに、人のグチや、悩みや、怒りを聞くことは多くなった気がする。

皆経験があると思うけど、そうしているうちに、吸収しすぎて、自分まですさんでくる事がある。
そんな時に、この箇所を読むと、そういう気持ちがどっかに飛んでく。
そういう意味でも、大事な御言葉です。

とかいって、後一ヵ月後くらいに物凄い落ち込んですさんでたら、
叱ってやってくださいね。
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by pussochkram85 | 2010-02-05 06:29 | 神と歩む


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私たちは、空を見上げて、「明日は雨だ」とか「雪が降るかもしれない」と予想する。
(イギリスではあてにならないけど、日本では結構あたるよね)
空で、見分けている。

全ての事柄には、神様の定められた時間、タイミングがある。

積み上げていくべき事、終わらせなくてはいけない事。

新しく、始めなくてはいけない事。

今この時、ここで成すべき事が、ある。

今は、休む時かもしれない。次のステップのために、準備する時かもしれない。
もしかすると、果敢に挑戦していく時かもしれない。試練のとき、幸せを感じる時。


空を見分けるように、神の時を見分けたい。
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by pussochkram85 | 2010-02-02 04:52 | 神と歩む

傍に



神様は、貴方のそばにいつもいらっしゃるから。
どんなときも、何処でも、そばにいるから。

あなたが神様を信じていなくても、信じていても、
そこにいらっしゃいます。

そして、神様だけは、あなたを本当に分かってくれる。

だから、あなたが、私が、明日、安心して進み出せますように。
ここから、つたない祈りを捧げます。


だいじょうぶだよ。
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by pussochkram85 | 2010-01-20 09:56 | 神と歩む

國吉さんの家は


皆、「出遅れる」傾向があります。
外食とかも、大体夜9時に「さーじゃあ夕飯行こうか!」となるし、
旅行の計画も、「行きたいな」と言いながら、大体1週間前くらいから、あせり始めます。
(結局行かない事も多い)
ゆんなーゆんなー(のんびり、ゆっくり)なのですね、家族全員が。
うちの家族と生活するのは、そういう事が大丈夫な人でないと、
結構イラっとさせられる事が多いとか。

私もしっかりと、そういう気質なので、

やっと、2010年の目標をたてました。おそっ。


「雄々しく進め。」です。


聖書の
「強く、また雄雄しくあれ。恐れてはならない。」
(申命記31:6)

という箇所が、グッときたのが理由ですが。
今年は、雄々しくありたいと思います。
(女性らしくね、雄々しくありたいんですよ笑)

今まで、新年の目標って、実は立てたことなかった。
実現しなかったら嫌だったからってのが理由だけど、
今年は、立てるよ。しっかり実行しちゃう。

ちなみに、この節の続きはこうです:

「・・・彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に
歩まれる。あなたを見放す事も、見捨てられる事もない。」


ほんと、その通り。
今年は、すでに何だか波乱万丈な予感ですが、
私と共に歩まれる神さまをより頼み、賢い判断をしていきたいなと思うよ。

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今日は友達がロンドンからやってくる。日本に行っちゃう前に。
なーんか、寂しいなって、気もするし、
でもこれからの生活を、きっとすごく楽しみにしてるんだろうと思うと、
ほんと、良かったなぁ、と嬉しくなる。
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by pussochkram85 | 2010-01-16 22:22 | 神と歩む

聖書を忘れた話


先週、うっかり聖書を教会に忘れてきてしまった。

聖書をうっかり忘れるって何よ、って自分でもあきれたんだけど。
昨日、「あるかなーなかったらどうしよう」って思いながら入り口に入ったら、
ばっちり速攻見つかった。
サービスシートをもらうテーブルの上にまるで、「ここですよ」みたいな感じで。

神様、すげー。

聖書が戻ってきて、正直これほどホッとするとは思ってなかった。
安堵感。嬉しい!

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私は、これから色々な人と出会うのだろう。
いろいろな人と話して、色々な人の人生と交わるのだろう。
ただ、今感じている想いが、その交わりの中で、
薄れていけるものなのか、今の私には、自信がない。


超絶に諦めの早い私が、しつこくこだわる事は、大抵私に意味の深いこと。
どういう意味なのかは、まだ分からない。
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by pussochkram85 | 2010-01-11 20:40 | 神と歩む

箴言


"Like a city whose walls are broken down is a man who lacks self-control."
(Proverbs,25:28)


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今、ここにいる。

そして一秒先の、ワクワクに今、必要なのは、
自分を律する事。
道を見失わない事。
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by pussochkram85 | 2010-01-09 05:13 | 神と歩む

仕えるもの



".....Whoever wants to become great among you must be your servant,
and whoever wants to be first must be slave of all."
(Mark 10:43-44)

「あなたがたの間で、偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。
あなたがたの間で、人の先に立ちたいと思う者は、皆の僕(しもべ)になりなさい。」
(マルコ10:43-44)


聖書という書物は、とても多くの事を教えてくれる。
この箇所もそうだ。

人の上に立ちたいならば(そしてそれが自分の成すべき事ならば)、
その人々に「仕える者」となる事。

自分が、生きていることや、達成した事、がんばった、と思うことは、
自分だけでは成功できなかったはずだから。

そして私たちは、自分たちの命すらも、自分のあと1秒後の世界ですらも、
コントロールする力を持ち合わせてなど、いないのだ。


まったく、無力だ。


だから、自分が他人より偉いなんて思って何になる?

その感情は、自分にどのような利益を与えると言うのだろう?


自分の能力や、才能と呼ばれるものは、
神様が与えてくださったものだ。

変な謙遜で、自分をいやしめる事と、へりくだる事はまた違う。
与えてくださった恵みを、隠したり、いやしめる事は、悲しい事だと思う。
神から頂いた能力や、タレント、というものは感謝して受けとり、
それを通して、自分のやるべきことを、きちんとするだけなのだ。

うぬぼれるんじゃない。
仕える者になりなさい。
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by pussochkram85 | 2010-01-07 09:53 | 神と歩む