言いたい放題


by pussochkram85

カテゴリ:神と歩む( 30 )

ひかり



心にある光。

を考えた。

みんな、それぞれ色々な種類の光を持っている。

青かったり、赤かったり、大きかったり、小さかったり、激しかったり、弱かったり。


私の光は?

今は、とてもぼんやりと、小さな光。

大きな景色は見えないけれど、確実に目の前を照らす光だ。

暗闇の中で、唯一ぼんやりと光る、暖かい光だ。

「主よ、あなたはわたしの灯火を輝かし、
神よ、あなたはわたしの闇を照らしてくださる」(詩編18:29)



あなたの光。あなたの心。何色ですか?
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by pussochkram85 | 2009-12-26 10:31 | 神と歩む

Complete the sentence




Complete the following sentence:

' For me to live is...........'



今日も一日が終わります。
豊かな時間、安心できる人々。友達。神様。
何だか、全部が冗談みたいに、整えられている。

贅沢な事だ。
生きて、呼吸して、笑って、愛しんで、たまにさびしくなって。
そしてまた、一歩ずつステップアップしてる。

ありがとう、ありがとう!
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by pussochkram85 | 2009-12-07 08:32 | 神と歩む
って、昨日聞いて、本当にその通りと思ったよ。

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'He who began a good work in you will carry it on to completion until the day of Christ Jesus.'
(Phillipians 1:6)

「あなた方の中で善い業(わざ)を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」(フィリピの信徒への手紙1:6)



何だかこのブログ最近キリスト教のことばっか書いてる気がするけれど、
心のつぶやきを書く場所にしているから、そうなるのも仕方ない気がする。

この箇所を読んで、すごーくホッとした。
だって、私、罪だらけなんだよ。
例えば。
人の悪口を言うし、嫌だな、って思うし、イライラするし、
怒るし。グチだって言う。物凄く、すごく怠け者だし。
いじわるだし。他人の事なんて気にかけたり、できてないと思う。
これ以上に、もっとひどい事だって考えたり行ったりしている。

自分を愛するように他人を愛してるか、
神様を心から求めているか。

忘れちゃうときも、あるんだよ。

進むべき道に進んでいないのではないか、
このまま、神様から遠く離れてしまうのではないか。
心が、くもった鏡のように、見えない。
綺麗にしようと拭いても、逆効果で。

すごく怖かった。

この聖書の部分は、私がクリスチャンになった事は、私だけの意志ではないんですよ、
と言っている。
「私がクリスチャンになるよ!」って決断したことすら、
神様の計画のうちだったんだ。
16のときにスウェーデンに行くってなって、そこからヨーロッパを見て、
イギリスに行く事にして。マンチェに来て、色々あってクリスチャンの人々と交わって。
それが全て、神様の私のための計画だったんなら、今思うと、あぁ、と納得できる。

そして、始められた善い事、私を「善い者として造り上げる」プロジェクトは、
一度始まったら、完成するまで続く。神様は、約束を守られる方だからだ。
毎日、神様は私を導いてくださる。
父親がしっかりと子供の手を握ってくれるように、しっかり支えてくださる。
罪を立ち返り、許していただき、また一歩神様と歩む。
そうやって、進んでいくのかな。
すごく安心した。
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by pussochkram85 | 2009-12-02 03:29 | 神と歩む

あ、今。


神様がいる。
って、思うとき。
その時の私の心が、一番好きだ。

洗礼を受けた直後が、一番あぶないんだよ!
と、言われて、あーやっぱり!と思った。
物凄く、誘惑が多かったし、多い!
生まれ変わりました、はいおしまい。ではないんだよね。
そこからスタート。

神様が、毎日、毎日、私を作り変えてくださる。
毎日、毎日、私は罪を犯す。
それでもなお、神様は私を愛してくださる。

いつまでも。


私も人をそうやって愛していきたい。
何があっても、愛し続けていきたい。
必要なときにそばにいてあげられる人になりたい。

って、それって、相手が望んでもいないのに
愛し続けても、迷惑なのかな?愛情の押し売り?
わがままなの?
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by pussochkram85 | 2009-12-01 09:29 | 神と歩む


人に見返りを求めずに、与えること。

その人を思って、与える事。

自分の利益を考えないで、与える。

どうしようもないちっぽけで、汚らしい私は、

そこから始める事にした。


「怖がると、人は罠に落ちる」。

それは、心に響いた言葉。

愛に、恐れはありません。
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by pussochkram85 | 2009-11-28 03:37 | 神と歩む

Amen


Amen:
"Verily", "Truly", "So say we all", "So be it", and "Let it be".
「確かに、そうなりますように」。


朝起きて
ちょっとだけ分かったかもしれない。
私のベクトルが向いている場所。


私が譲れないもの。
自分に正直でいられること。


それって例えば、
心がワクワクすることとか、
他の人を、笑顔にする事、愛する事。
そこに「必要な」何かを、作り上げる事。
そして神様を愛し、信じること。


これがあれば、何をしててもきっと幸せだと思う。
これが全部必要かは分からないけれど、
心が曇らない事。

人生、どこに進むかなんて予想もつかずに、
私は時々、あまりの可能性の多さに絶句する。
やりたい事はいっぱいあるし、行きたいところもいっぱいある。


なんにしても
私は満たされ、幸せであるべきなのだ。


今日も、皆が素晴らしい一日を送る事ができますように。
悩み苦しむ人が、道を見つけて行く事ができますように。
私が、与えられた美しい日々を、忘れる事がないように。
いつも、感謝していなさい。絶えず、喜びなさい。

アーメン。
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by pussochkram85 | 2009-11-15 19:58 | 神と歩む

眠れない頭


今この不安を感じられて良かった。
支えてくれる友達がいてくれて良かった。
うん、がんばれる。

ほんと、「有り」「難い」。

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気分が悪いなか、思い出したことがある。
どうでもいい話だけれど、洗礼をする事を、両親に話すとあんまり乗り気でなかった。
教会に行くというと、教会なんてダメだと言われた。理由は「ダメだから」。
タトゥを入れたいと言ったときのほうがマシな理由があった気がする。
(私は色んな変な事をしでかしては親を悩ませている過去がある)
私の宗教だし、カルトとかではないので、すごく反対はされなかったけれど、
ポジティブなコメントがないのはちょっと、悲しかった。
だから、妹や友達たちが予想以上に良い方向に取ってくれて、
おめでとう、と言ってくれたことは本当に恵みだった。

私は、無意識のうちにノンクリスチャンの人にクリスチャンの話をするのを避けていた。
「面白くないだろうな」とか「ひかれたらやだな」とか、勝手に思っていた。
でも、結構興味を持ってくれる人もいて、それだけで何だか心が温かくなった。
私はまだ生まれたてのクリスチャンだから、たくさんの事には答えられないけれど、
勿論後悔をしていないし、毎日がグッと素敵になった。
すごく毎日不安だけれど、前に比べたら断然マシだ。

あー気持ち悪い・・・ねよ。
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by pussochkram85 | 2009-11-03 10:09 | 神と歩む

祈る

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PRAY.Whatever the religion is, whoever is praying, whatever they are praying about,
It is one of the very distinctive features of what makes human being 'humane'.

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい、そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。
そうすれば、開かれる」(マタイによる福音書7.7)

祈ることは、人間の最も美しい行為だと、いつも思う。
心の中にある事を、神にぶつける。神に、語りかける。
どんな宗教であれ、神に向かって語りかけているのではないか。
自分ではどうしようもない事を、一生懸命に語る。

毎日祈る時、色々な事を思う。
誰かが病気だとか、誰かが大事なテストがあるとか、誰かが不安な気持ちだとか。
誰かに、キリスト教についてもっと知ってもらいたい、とか。
同時に、自分の事もたくさんたくさん話す。
どうしてあの人は、この時こんな事を言ったんだろうとか、
私はどうしてこんな事をやってしまったのかとか、
自分はどういう道に進むべきなのかとか、
不安も、希望も、全部。明け渡す。


私は、おととしに父が警察に捕まって、2年生に進めるか危うい時期があった。
お金が出せないかもしれない。日本に帰らなくてはいけないかもしれない。
でもどうにかして2年生をやりたい。
必死に祈った次の日に、ERASMUSの話をもらった。
行き先はスウェーデン。学費はタダ。
これは、神様の下さった答えだと信じている。

そんな事があっても、私は神様を忘れていた。そしたら、EU国籍ではないので
スウェーデンにいけない、という事になってしまった。
正直、神様を恨んだし、疑った。
そして、物凄く祈った。何でですか、どうしてですか、どうにかしてください、って。
それはすでに私の出来る範囲を超えた問題で、私に出来た事はただ、祈ることだった。
そして最後には、スウェーデンにいけることになった。

私は、神を疑った自分を恥ずかしいと思った。
こんなにも、神さまは私を愛してくれているのに、それを裏切り、疑い、傷つけている私。
なんて小さいんだ。


William Holman Huntという人のthe Light of the Worldという作品がある(画像参照)
キリストが、灯りを持ってドアを叩いている。
この絵の物凄いところは、ドアには外から開けるノブがついていないところだ。
つまり、中にいる人しか、開けてあげることが出来ない。
このドアは、私たちの心のドア、だと言われている。
神様はずっと、ドアを叩き続けている。あけてくれるまで、ずっとノックし続けている。
あなたがする事はただ、ドアを開けること。

「神様っているのか」「見えないものを信じるのが難しい」
という人には、まず「神様、本当にいるなら証明してください」と、お祈りしてみることをお勧めする。
その時悩んでいる事をあげて、「いるなら、こうしてください」と、祈ってみる。
それが神様の御心にかなうなら(「この人を殺してください」とかはどうかと思うけど)、
何かの形で神様は示してくれる。自分の思うとおりの結果にはならないかもしれないけれど、
後から考えると、これでよかったんだ、って満足する結果を下さる。

お試しあれ。
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by pussochkram85 | 2009-11-02 12:18 | 神と歩む

洗礼の証

洗礼をするときに、どうしてクリスチャンになったのかという証(testimony)をする。
以下は私が読み上げたもの。忘れないように、刻み付けるように、ここに置いておきたい。
本当は英語でやったんだけど。それにしてもちょっと長い。
でも、クリスチャンになることは、何よりも神様と良い関係を築く事だ、と知ってもらえたら嬉しい。
そしてもっと知りたいって思ってくれたらとても嬉しい。
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これから証しする内容は、私がどのようにしてクリスチャンになったのか、
そしてどれ程までに神様が私を辛抱強く待ってくださったかについてです。

「私は何なんだろう」この疑問は、私の中でずっと抱き続けていたものです。
とても長い間、私は自分自身のことが嫌いでした。
この疑問は、そんな感情から生まれたものだと思います。
どうして、こんなに我侭で偽善的な私がいまだに生きていて、
罪のない赤ちゃんが死んでいくのか、疑問でなりませんでした。
自分自身に価値を見出せず、自らを傷つける事もありました。
傷つける事でしか、生きている事を感じる事ができなかったのです。

私は、3歳から15歳まで、カトリック系の学校に通っていました。
宗教の授業を通して、キリスト教について、聖書について学びましたが、
残念な事にこの12年間の教育も私の疑問に答えてくれる事はなく、
私のどうしようもない自己嫌悪の感情に何の変化ももたらす事はありませんでした。
そんな私が、どのように神様と出会ったのでしょうか。

全ては、18歳のときにマンチェスターに来た時から始まりました。
ある時私は、友人の誕生会で行ったパブで、教会に通っていた日本人の方と
知り合う機会がありました。私の親友がキリスト教に興味があった事もあり、
話が進み、私たちは彼の通うこの教会を訪ねる事になったのです。
教会で、私たちはトレバーとシェリルに出会いました。
彼らの神様への献身、日本人の方々のために、毎日言葉に言い尽くせないほど
素晴らしい仕事をこなしている彼らとの出会いは、とても感動的でしたが、
私の頭の中ではまだ、「私はキリスト教については学びつくして、
この宗教は私を助けてくれるものではない」と考えていたのです。
それからしばらくして、私の周りの友人が興味をもって聖書を学ぶ会に
毎週出席するようになりました。私も取り残されたくない一心で、
参加するようになり、そうやってもう一度キリスト教について学ぶ事になったのです。

学びの中で一番驚いたのは、クリスチャンとして生きるという事は、
自分が弱いものであるとまず認め、神様と親友のような関係を築き、
導いていただく事だという事実でした。
私は、神様が私と同じような立場で接してくださるという宗教を、
今までに見た事はありません。何よりも、神様がおられるから、
自分はもろく、弱い立場であって良いのだという事は、何よりの驚きでした。
そのように1,2年程聖書を学び、私はクリスチャンになる決心をしました。
20歳前後であったと記憶しています。

ではなぜ、洗礼を受けるまで3年もかかったのでしょう。
私には勇気がなかったのです。別な言い方で言えば、
私は神様との関係を、真剣に考えていなかったのです。

この3年間で、たくさんの事がありました。その中で、皆さんに証ししたい出来事があります。
私がうつになった時の事です。私は2006年の冬頃から1年間ほど、
うつ状態でした。学業もままならず、日本に一時帰国し、半年ほど療養していました。
3ヶ月ほど、毎日毎日、横になって天井を眺めるか、眠っているかの生活は、
非常に辛い経験でした。そんな中でも私は、無意識に聖書を持って帰ってきていて、
読む事はなくても、ベッドのそばにおいていました。
その後体調が少し回復してきてから、聖書を何気なく開いた時に、
私はハッとしました。何気なくめくったページは、詩篇の139節でした

「主よ、あなたはわたしを極め、私を知っておられる。
座るもの立つのも知り、遠くからわたしの計らいを悟っておられる…
私の舌がまだ一言も語らぬ先に主よ、あなたはすべてを知っておられる」。

これを読んだとき、昔友人が「神様は、美紗の言葉にする事ができない辛い事も、
沈黙の叫びすらも、わかっておられる」と言ってくれた事を思い出したのです。
この箇所を読みながら、私は泣いていました。
今までの苦しみ、言葉にしきれなかった感情、神様は全て知っておられたのです。
彼は私の隣にずっとおられ、彼ただ一人が、私の苦しみを一緒に背負ってくれたのです。
それを知ったときに、私が長年抱いていた疑問が解けました。
私は何なのだろう:私は神の子供であり、彼に従うものなのです。
神は私のために死んでくださり、私は、彼に与えられた使命を果たすために
この世界に生きているのです。

神様は私を2度、目覚めさせてくださいました。一度目は聖書を学びなおしたとき、
そして二度目が私が鬱状態だったときです。

私はとても弱く、欲望だらけの人間です。
いつでも楽な方へ進んでしまう癖があります。
私が何度も道を外れるたびに、神様は辛抱強く私に道を示してくださり、
私が戻ってくるのを待っておられました。
私が戻ってくるたびに、神様は祝福してくださいました。
今までに出会ったすばらしい友人達は、祝福の最もたるものです。
私にとって友人は、かけがえのない財産であり、宝物のような存在です。
今日、私はこの教会で洗礼することにより、公に私がイエス様を信じ、
教えに従う事を表明します。
ここまでたどり着くのに、また1年程かかりましたが、
神様はまたも、辛抱強く、私に鮮明なイメージを用いて、洗礼を受けるように導いてくださいました。
最後に、今日こうして集まってくださったたくさんの友人に、また私を覚えてくれている遠くの友人たちに、
感謝します。そして、皆でこの場所で幸せを分かち合う事が出来る事に、感謝します。
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by pussochkram85 | 2009-10-31 12:50 | 神と歩む

聖書に「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを閉め出します。なぜなら、恐れは罰を伴い、
恐れる者には愛が全うされていないからです。」とある(ヨハネの手紙一 4.18)

神様、それってすっごく難しい。

私は人を愛する事に、ものすごくオクテだ。
傷つくことが、物凄く嫌だから。聖書の語りは、もっと人類的な愛情なんだけれども、
これを読むといつも恋愛の事を思う。
私は恋愛に関してはいつまでも赤点の、
できの悪い生徒だ。

これもミクシィには書けない、グダグダの失恋話だ。気持ちの整理がついたから、
こうやって書く事ができる。

去年まで、付き合っていた人は、一度分かれたあと、また付き合った。
ヨリが戻ったときは、出来る事を全てやって、なんとか直そうとして、
何とか前みたいになれないか、ってがむしゃらになってて、
気持ちはいつも焦っていた。
12月に久々に会って、キスもハグも出来ない自分に泣いた。
個人的に性交渉にそんなに興味があるわけではないので、そういう事も勿論なかった。
したくなかったとかのレベルじゃなく、不可能だった。
ただただ、お腹が痛かった。冬のストックホルム。
「笑顔になれない関係なんて、恋愛じゃない」と昔言われたことがあって、
結局この2年半は、特に最後らへんは思い返すと笑顔になれない時間のほうが多かったかもしれない。
電話で、「遠距離無理」って、あっさり言われて、別れて、泣いた。
とりあえず、毎日ぼんやり泣いた。向こうにすぐ彼女ができて、物凄く落ち込んだ。
6月くらいまで、ずるずる引きずっていて、周りの皆がゆっくりと、私を癒してくれた。

傷つけないくらい傷ついた。うつにもなった。ご飯も食べれなくなった事もある。
自分を傷つけることもやった。出来る事なら、なんでもやった。
それで自分が、彼を受け入れられるなら、なんでもやった。
あほじゃねーかと思う。ただの自己満足だったんだ。

また恋をして、人を愛して、またそうやって傷つくんだろうか?
また自分も失ってしまうんだろうか。
人を愛するって、こわい。ずっとそう思っていた。

先日、洗礼を受けてから、少しずつ、変わってきた自分に気づいた。
また恋をしよう、また人を愛そう、神様が大切な人を、きちんと用意してくださる、と思えるようになった。
光が見えるといい。やさしく、あたたかく、はぐくんでいければいい。
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by pussochkram85 | 2009-10-30 04:49 | 神と歩む