言いたい放題


by pussochkram85

カテゴリ:詩とか、考えた事( 51 )

11月の風



じっとり締め付ける空気をすり抜けて、
生暖かい雨が降る。
窓のガラスに映りこんでいた本当の黒が、やわらかく光る何かと共に、ちらりと眼に映りこむ。
かちり、と脳みその隅っこでスイッチが入る音がしたら、
11月の、風が吹く時。
ちりちりとアスファルトを掠る葉の音と、
きりきりと痛む、空気。
肺いっぱいに吸い込んだら、
削り取られた子宮が、ずるりと垂れ落ちていく音がする。


ああ今すぐそれを聞いてくれたなら。
今すぐ、このつるりとした「魂」という物体をその目の前に晒す事ができるなら。
「それ」はもっともっと単純で、限りある現実として、機能するのだろう。
そして手綱が外れた馬のように、「そうあるべきではないもの」へと変化していくのだろう。


ずるり、ずるり。
駆け上る雲と、息苦しい世界の終わりで、
私はもう一度、11月の風の音を耳にする。
立ちすくんで、湧き出る感情を、ただただ、流し続けていた。
ずるり、ずるり。
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by pussochkram85 | 2010-07-23 02:42 | 詩とか、考えた事

永遠に

おととい東京に行って、新大久保なんていう、ちょっと日本じゃない感じのところに泊まって。
友達にひさびさに会ってテンションあがりすぎて眠れなくて。
結局ほぼ眠らずに次の朝は面接。
色々きかれたけど、すでにもう決まっているみたいで、あーなんだか落ちていたら嫌だなって、
わざわざ東京来たのになって思ったり。
もう本当に手ごたえがわからなかったから、落ちたかなって思ったり、受かったかな、って思ったり、
相当浮き沈むから結局は考えないことに。
神様が望むとおりに、事を進めてくださるはずだし、
だめならだめで、また違うものに進んでいける。それは素晴らしいことだ。
私みたいな経験のまったくない若造に、きちんと面接をしてくれた方々に感謝。
どんな些細な話でも、きちんと聞いてくれて素晴らしい対応でした。

昨日の最終で帰って、沖縄でやっと眠れると思って就寝1時。
父の電話で起こされて朝7時。
いわく、台湾に来い。

という事で父の仕事のICと、ROMライターかつぎ一路台湾へ。
明日から広州、初中国入りです。
どきどき。

IC焼きながら、単純作業で頭がぼんやり。な夜1時。
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by pussochkram85 | 2010-07-16 01:03 | 詩とか、考えた事

ニートに飽きる


月曜の夜に帰ってきて今日は金曜。
とりあえずダラダラ、卒業生活をエンジョイするのだ!と思って
思いのままにダラダラしつくしてみたんだけど、
すでに金曜日にして飽きた!!!ニートはなんてつまらないだ!
火曜日は年金の猶予手続きをして、水曜日にはうらえりに会ってだべって、
木曜日はただひたすら寝て(パジャマから着替えたのが夕方5時)、
夜は空港まで運転して、今日はどうするんだろう。
友達もいるけど、連絡するのが面倒だ・・・。あう。

なんかしたい。とりあえずニートは飽きた。
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by pussochkram85 | 2010-07-09 09:11 | 詩とか、考えた事
母が来て、最後にいろんな人にお別れをして。
忙しさにかまけて、お別れもそつなくこなしたんだけど、
夜中になって突然、悲しくなる。
悲しいというより、怖い、不安。

新しいチャプター。
はやく進みたいって思う一方で、
6年間で起こった事が、大切で思い返すと切ない。

本当に、本当に、ありがとう。

皆に出会えた恵みに、神様の祝福に、感謝です。
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by pussochkram85 | 2010-06-26 08:59 | 詩とか、考えた事

何もない


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ずっとずっと、砂漠に行ってみたかった。
砂と、空と、光と。あとなんか変な植物と。
夜明けの、太陽がまっすぐに昇ってくる前の、一瞬の涼しさと、
昨日の太陽を溜め込んだ砂の暖かさを、はだしの足で感じた。

砂漠の何が一番魅力的かって、なーんにもないこと。
私の思考を阻害するたくさんの物が、そこには存在しないこと。
たくさんの人も、音も、建物も。
砂はそれをすべて飲み込んでいるようで、そしてすべてをぶち壊してしまったようで。
何にもないと、私が一番大切なものと、私の心がもっとハッキリと見えた。

ほてった身体の中の心は、すっきりと平和だった。
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by pussochkram85 | 2010-06-25 11:08 | 詩とか、考えた事

6月23日


1945年の今日、沖縄戦は終止符を打った。
1945年の3月26日から、6月23日までの約3ヶ月で、
24万人の人たちが、ちっぽけな島で死んだ。
日本人であろうと、沖縄人であろうと、アメリカ人、韓国人、中国人、
何人であろうとも、それだけの人が、みんなみんな死んだ。

沖縄県民として、沖縄戦の事はたくさん勉強してきた。
悲惨な話と、悲惨な光景と、いっぱいいっぱいの涙と、悲しみと。
毎年毎年、感じてきたつもりだ。

ふと気がついた。
私は戦争を「こわがっている」。
私の頭では、「戦争=悪=怖い」のフォーミュラが出来上がっていた。
もちろん忘れてはいけない事は多い。
沖縄で起こったことは、すべて記録されていくべき事実だと思う。
でも多分私が考えるべきことは、「戦争は怖いものだから、してはいけない」ではなくて、
「戦争をして、誰が幸せになるんだろうか」という事なんだと思う。
戦争を起こすのが戦略的なら、戦争をしない理由も、感情論ではなく、戦略的、論理的であるべきだ。
「論理的」というと冷たく響くけれども、「人道的論理」は、きっと通用する。と信じている。
恐怖には、向き合うことが大切だ。平和を創り上げるには、まず恐怖に向き合うことだ。
私のちっぽけな脳細胞はそう考える。

青い海は、65年前に真っ赤に染まった。
でも、青い空は、65年前もまだ、青いままだったんだろう。
それを見て、65年前の24歳の女性は何を思っていたんだろう。



最後に、茨城のり子さんの詩を載せておきたい。

「わたしが一番きれいだったとき

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした


わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった


わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった


わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った


わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね」
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by pussochkram85 | 2010-06-24 05:55 | 詩とか、考えた事

時間軸

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僕の人生、80歳までと仮定すると、今年であと55年残ってることになる。
どんな仕事をして、どういう人間になっていくのか。
全然予想もつかないから、出来ることは、今日、精一杯愛すること。
でも、目先のことにとらわれないこと。

要は、バランス感覚。
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by pussochkram85 | 2010-06-22 10:51 | 詩とか、考えた事

6年

正確には5年。
マンチェスターなんてところに住んだ。
1年はスウェーデンに住んだ。

学んだものは本当に多い。
一人で生きていくことなんて出来ない事。
自分を愛すること、他人を愛すること。その難しさ。
人の話をきちんと聞く練習。
できないことは、できない、って助けを求める事。
こつこつと勉強することの大切さ。
世界には色々なタイプの人間がいて、色んな文化があって、皆違うこと。
自分がいつでも正しいという事なんてありえない事。
迷うことの大切さ、落ち込むことの大切さ。

とにかく人間として成長する事が、多かったように思う。
階段を上りきって、後ろを振り返るのは節目節目にしようと思っているから、
今までずっと振り返らなかったけど、最近ふと考え出して、
この6年を振り返ってみた。

あっという間だった。
18歳でここに来た時に最初に感じたのは、「私は自由だ。ここから新しく始まる」。
それから案外、勉強を楽しんで、友達にも恵まれて、充実、という言葉が当てはまるファンデーションコースを終えて、19歳の私はスペイン語を大学で始めた。
そのときちょうど、そのとき付き合った人と別れて(その人は3ヶ月に1度スタバでミーティングをして
私たちの関係を見直す人だった)、映画館でバイトを始めた。
そこで出会ったイギリス人となんだかいい関係になってしまった。
彼女がいたりなんたりで、この関係は本当に疲れたし、病気になった。
でもこれは、今思うと本当に私のためにあったきついお灸だと思う。
日本に帰って、良くなってきて、初めて私は神様とであったから。
そのときはでも、映画館の人と結局付き合うことにして、(今思うとそこで縁を切ってしまえばよかったのに)
マンチェスターで心機一転がんばってみることになった。

なんだろう、一度病気になったり、バイトしたり人間関係を色々体験した事は、私にとって
「一番大切なものにどれだけ力を入れるか」を考えるきっかけになった。
それまでは、正直なところ、かなりダラダラしててもそれなりに成績も取れたから、(奇跡的)
学校も私生活も適当に楽しんでたんだけど、1年半も通った大学をやめて、もう一度3年やりなおすって
父親にお願いしたときから、もう崖っぷちというか、神経がきりりとなって、
力抜くときと力入れるとき、頑張っていいときと良くないとき、見極められるようになりたいって
初めて思った。
もともと体力ないほうの私が、毎日エネルギーだらだら放出して生きてて何か出来るかっていうと、多分、
メリハリついてるほうがもっと成果が出る気がした。
ちなみにこれは今でも目標だけど、ちょっとは出来るようになってきた気がする。

なんだかんだで2年半付き合った彼氏と生活した事も、かなり勉強になった。
ぶっちゃけ「他人」と生活する楽しさと、苦しさと、イライラと、幸せと。
なんだか絶対楽しいことがあったはずなのに、今思い出すと苦しかったことばっかり。
なんでかな。
とりあえず、誰かと生活する前に、自立することが私には必要だって痛感した。
家事とか料理とか、基本的なところから、自己管理、あと一人でいる時間。
自分の考えをゆっくり持つ時間が私には特に大切なんだって気づいた。

スウェーデンでの一年は、友達に本当に恵まれて、よく遊び、よく学びの1年だったと思う。
冬の極寒BBQでホットワイン飲みすぎて意識不明になったり、
緑がいっぱいのコテージで夜中に集団かくれんぼしたり、
今でもいくらでも話せるし、思い出話が尽きないメンバー。
ずっと一緒にいれればいいのに、って思った。
これからはまた、違う感じの付き合い方になっていくんだと思うけど、皆大好き。

マンチェスターで出会った友達は、本当に貴重。
いろんな人に出会って、色んな話をした5年間。
夜中にやってきて恋話したり、真剣に将来のこと語ったり、政治を語ったり。
本当に色んな人に出会ったけど、その中で学んだのは、
大人になるということは、多分付き合う人を選ぶ贅沢ができるようになるっていう事だ。
話や方向性が合わなかったり、環境が変わったりして、であった人々と疎遠になることをたくさん経験した、
それでも何があっても連絡を取る人もいるし、それでも機会があれば会いたいって思う友人も得られた。
その人たちは本当に大切にするべき人たちだと思うし、ゆるーくつながっていけたらいいな。
若さで5年間、いろんな人にいろんなことを喋ってきたけど、セレクトして話す事をしてもいい歳になったとも
思う。皆それなりに経験していて、皆それなりに言いたくないこともある。

最後にクリスチャンとして、生まれ変われた。
これは一番大切な実り。
クリスチャンになることで、私には「出発点」と「到着点」が与えられた。
迷うときに、困ったときに、戻るべき視点が与えられた。
洗礼受けて、何かがドラマチックに変わるかなって思ったけど、
案外そうでもなくて、正直ちょっぴりがっかりした。
でも、洗礼受けた10月から最近までに与えられた、その
「なんでもない、穏やかな日常」が、私に一番必要だったんだって、
今なら気づける。
穏やか、って色々あったけれども、それでも芯がぶれるような、私が今まで経験したような未曾有の大騒ぎ、みたいな事はなかった。だから勉強に専念できたし、しっかり考えることが出来たと思う。
平和に、過ごすことが出来た。

この6年の総括。
「いい意味で、ぶれない人間になり始めた。」
さて。どっしり構えていこうかね。

PS
毎年1kgずつちゃっかり増えた脂肪は、日本帰国後の猛烈ダイエットによって消化予定。
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by pussochkram85 | 2010-06-16 05:10 | 詩とか、考えた事

不器用さんの声


あー。会いたい。
って人、いるんですよ。いやほんと。

惚れた方が負けっていうのは、あるんだろうね。
浮いたり沈んだりで、なんだかんだでなにやら長いこと
片思いのようなことをした人もいる。
人事みたいに思い出すけれども、
初めてあった日に、一瞬時間が止まったのはその人が初めてだ。
タイミング、人生のスピード、目標や夢やそういうものは、
私のお腹に飼っている蝶々と、出会わないままに。
最近ではもう、それどころではなくなってきて、でもふとさびしいな、会いたいなとは思って
そわそわする。そういう存在。

それにしても自分にうそをついてまでも否定したかった片思いも初めてだ。
うそをつきすぎて深く深く隠しすぎて、もうわからなくなった。
まっすぐに自分を見せることをこんなにも躊躇した相手も初めて。
おかげで自分が汚くて仕方なくて。怖くて怖くて。
でも人として、一人の友達として、本当に大切な人だということは、
本当の気持ちだ。
だから、それを信じてみようと思う。

どんな出会いでも意味はあるというのは、真実だ。
ただ、であった意味は必ずしも私の感情と一緒ではないということも、事実だ。

いい加減に進まなきゃなぁ。
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by pussochkram85 | 2010-05-15 20:43 | 詩とか、考えた事

沈黙の力、余白の強さ

最近よく感じるのは、会話で途切れたときの「沈黙」や、
本で意識的にあけられた「余白」のすごさだ。

ただの白い紙、何も生み出されない無の時間なはずなのに、
その空白の時間やページは、私のいろいろな思いを引き出してくれる。

たとえば余白。本の最後とかにある余白は、
「あぁこの物語のこの人は、起こった出来事をどういう風に捕らえたんだろう」
「私ならどう思うだろう」
「私はこの本を読んでどう味わっただろう」
って、思い返す場所になる。

それ以上に、沈黙や余白は、言いたいけれど言わない(いえない)事を
言葉にせずに伝えることができるツールでもある。

おしゃべりを長くできる人も大事だけれど、
沈黙が心地よい人を求める傾向があるのは
きっと「思いを掻き立ててくれる人」がほしいと感じているからかなぁ。
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by pussochkram85 | 2010-05-15 07:57 | 詩とか、考えた事