言いたい放題


by pussochkram85

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貧乏性


母と旅行中。
ロンドンを出て、今日はスペインのセビリアに向かう予定だった。
が。
すごくいろんなことがあって、今まだロンドン。

まず、チェックアウトしようとホテルに帰ってきた時に、入り口の段差で母が転んだ。
そのまま母は、ホテルのガラスの自動ドアに突っ込んで、一瞬本当にドアが割れるんじゃないかって
くらい、ぐにゃって曲がった。
幸運なことに、上と下で固定してあったので、下の部分が外れただけですんだけれど、
手を強く地面についたせいで、母は手の側面にあざができちゃった。
そのまま空港に直行したんだけど、何を思ったか、いつもは電車なのに、
今回はバスでスタンステッドまで向かっていて、折り悪く市内で火事が起こって車が
全く動かない。結局遠回りしたけど、渋滞に巻き込まれて、最終的にはフライトをミスった。
セビリア行きは一日一便だから、明日まで待つことにして、とにかく手を見てもらおうと思って
空港から、日曜でもレントゲンとってくれるような病院を探してもらう。
東京海上さんにご迷惑かけまくって、Baker streetにある病院を教えてもらうも、
帰り道に乗ったコーチがエンスト。結局着いたのが9時半過ぎで、急患受付もしてもらえないし、
手もそこまで深刻ではない(でも念のため)から、明日病院にいくことに。
で、急遽手配したrussell squareのホテルで今一息ついたところ。

今まで一人旅を何度かしたけど、こんなに一度にトラブルに見舞われたことはないかも。
いつもは、貧乏旅行しているから、そのくせで、ついつい安いオプションを使って、
結局遅れることが多いかも。母もいるわけだから、もっときちんとお金使えるようになりたい。
何にしても、ほとほと疲れた!とりあえず明日は朝一番に病院にいって、湿布か何かもらって、
空港に確実に着くようにしよう。
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by pussochkram85 | 2010-06-28 07:47 | 明るめ・落ち着きめ
母が来て、最後にいろんな人にお別れをして。
忙しさにかまけて、お別れもそつなくこなしたんだけど、
夜中になって突然、悲しくなる。
悲しいというより、怖い、不安。

新しいチャプター。
はやく進みたいって思う一方で、
6年間で起こった事が、大切で思い返すと切ない。

本当に、本当に、ありがとう。

皆に出会えた恵みに、神様の祝福に、感謝です。
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by pussochkram85 | 2010-06-26 08:59 | 詩とか、考えた事

何もない


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ずっとずっと、砂漠に行ってみたかった。
砂と、空と、光と。あとなんか変な植物と。
夜明けの、太陽がまっすぐに昇ってくる前の、一瞬の涼しさと、
昨日の太陽を溜め込んだ砂の暖かさを、はだしの足で感じた。

砂漠の何が一番魅力的かって、なーんにもないこと。
私の思考を阻害するたくさんの物が、そこには存在しないこと。
たくさんの人も、音も、建物も。
砂はそれをすべて飲み込んでいるようで、そしてすべてをぶち壊してしまったようで。
何にもないと、私が一番大切なものと、私の心がもっとハッキリと見えた。

ほてった身体の中の心は、すっきりと平和だった。
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by pussochkram85 | 2010-06-25 11:08 | 詩とか、考えた事

6月23日


1945年の今日、沖縄戦は終止符を打った。
1945年の3月26日から、6月23日までの約3ヶ月で、
24万人の人たちが、ちっぽけな島で死んだ。
日本人であろうと、沖縄人であろうと、アメリカ人、韓国人、中国人、
何人であろうとも、それだけの人が、みんなみんな死んだ。

沖縄県民として、沖縄戦の事はたくさん勉強してきた。
悲惨な話と、悲惨な光景と、いっぱいいっぱいの涙と、悲しみと。
毎年毎年、感じてきたつもりだ。

ふと気がついた。
私は戦争を「こわがっている」。
私の頭では、「戦争=悪=怖い」のフォーミュラが出来上がっていた。
もちろん忘れてはいけない事は多い。
沖縄で起こったことは、すべて記録されていくべき事実だと思う。
でも多分私が考えるべきことは、「戦争は怖いものだから、してはいけない」ではなくて、
「戦争をして、誰が幸せになるんだろうか」という事なんだと思う。
戦争を起こすのが戦略的なら、戦争をしない理由も、感情論ではなく、戦略的、論理的であるべきだ。
「論理的」というと冷たく響くけれども、「人道的論理」は、きっと通用する。と信じている。
恐怖には、向き合うことが大切だ。平和を創り上げるには、まず恐怖に向き合うことだ。
私のちっぽけな脳細胞はそう考える。

青い海は、65年前に真っ赤に染まった。
でも、青い空は、65年前もまだ、青いままだったんだろう。
それを見て、65年前の24歳の女性は何を思っていたんだろう。



最後に、茨城のり子さんの詩を載せておきたい。

「わたしが一番きれいだったとき

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした


わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった


わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった


わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った


わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね」
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by pussochkram85 | 2010-06-24 05:55 | 詩とか、考えた事

時間軸

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僕の人生、80歳までと仮定すると、今年であと55年残ってることになる。
どんな仕事をして、どういう人間になっていくのか。
全然予想もつかないから、出来ることは、今日、精一杯愛すること。
でも、目先のことにとらわれないこと。

要は、バランス感覚。
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by pussochkram85 | 2010-06-22 10:51 | 詩とか、考えた事

defying gravity

glee見てて、やっぱWickedいいわ~と思う。
グリンダとエルファバ役のIdina Menzel とKristin ChenowethはGleeにも出てる。
ニューヨークのブロードウェイで見に行くぞ。いつか。
ロンドンでは母とオペラ座の怪人を観ます。シャンデリアが楽しみだ~。


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by pussochkram85 | 2010-06-19 17:50 | 明るめ・落ち着きめ

キラキラ


こないだ友達と話した。
日本の奇跡的勝利の後で盛り上がったのは、「仏像の修復について」と「音楽」。
その子はエジプト考古学やってる子だけど、考古学全般に詳しい。
考古学は、古いものを掘り起こしていろいろ研究してるらしいけど、
それもかなり色んなことが色んな方法で調べられていると知った。
炭素のたまった量で何時代の土かわかるっていうのは、すごい。
そしてそれを偽造しちゃう中国もすごい。
さすがチャイナ。
もう一人の友達は、音楽をやってる人らしい。
話をしていても、すごく感覚的な人だっていうのが、ひしひし伝わる。
色んなタイプの音楽について話を聞いて、それが彼にはどういう風に捕らえられているのか。
そしてそんな風に音楽を聴いたこともなかった私には、話ひとつひとつが新鮮だった。

他の子も、皆多分、何かしら理由があってマンチェスターに来て、
何かしらの人生の選択をして、ここまで来たんだろう。

私はどうしてイギリスに来たんだっけって思い出すと、まじめに穴を掘って死んでしまいたくなるような
安直な理由。
そのとき付き合っていた(?)スウェーデン人の彼氏の近くにいたかったけど、
スウェーデン語で大学に行くのは大変だったから、ヨーロッパで英語で勉強できるところに行きたかった。
・・・・これぞザ・若気の至り。

16のときにスウェーデンに行ったのも、金持ちになりたくって、福祉なら金になると思った16歳の私は、
安直に選べる国の中から、いかにも福祉国家のスウェーデンを選んだ(あと、雪を見たことがなかったっていうのもある)。かなり安直。世の中金だと気づいた16歳。

でもなんだかんだで、紆余曲折を経て、今私は小さいときから思っていたことを勉強している。
世界のしくみ。なんで人は平等じゃないのか。どうして力がある人と力のない人が生まれるのか。
どうして子供が死ななくちゃいけないのか。皆どうして戦うのか。世界はそれでいいのか?
それを助けるには、どうするべきなのか。
「人を助けたい」。
多分、私のすべての行動の始まりはここだ。

一生懸命に話してくれる友達を見ていて、私も、キラキラ輝いていたい、と元気をもらった。
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by pussochkram85 | 2010-06-19 01:33 | 明るめ・落ち着きめ

comfortably numb


色んな言葉や言動に一喜一憂していた時期がすぎさって、
凪いだ風に吹かれて、心が。
無感覚、無痛。飽和。これがいいのか悪いのかもわからない。
でもなんとなく、大丈夫かな。
よくわかんないものは、ほうっておく。
状況が変わる事だって、あるもん。

とうとうgleeに手を出してしまった。
ストーリーは薄いんだけど、歌と踊りが楽しい。
日本で放送してるの?
実はTrue Bloodも気になっている。
アメリカのドラマ、好きです。

旅行のチケットの手配にかなりてこずる。あーーーーーじんましん出そう。
ホテルの手配とか、自分だとボロいホステルに泊まるから、
母さんの要望をいれたホテル探すのが大変。


日本帰るのちょっと不安。
でも、次のステージだ!っていう想いが大きいな。
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by pussochkram85 | 2010-06-17 19:42 | 明るめ・落ち着きめ

6年

正確には5年。
マンチェスターなんてところに住んだ。
1年はスウェーデンに住んだ。

学んだものは本当に多い。
一人で生きていくことなんて出来ない事。
自分を愛すること、他人を愛すること。その難しさ。
人の話をきちんと聞く練習。
できないことは、できない、って助けを求める事。
こつこつと勉強することの大切さ。
世界には色々なタイプの人間がいて、色んな文化があって、皆違うこと。
自分がいつでも正しいという事なんてありえない事。
迷うことの大切さ、落ち込むことの大切さ。

とにかく人間として成長する事が、多かったように思う。
階段を上りきって、後ろを振り返るのは節目節目にしようと思っているから、
今までずっと振り返らなかったけど、最近ふと考え出して、
この6年を振り返ってみた。

あっという間だった。
18歳でここに来た時に最初に感じたのは、「私は自由だ。ここから新しく始まる」。
それから案外、勉強を楽しんで、友達にも恵まれて、充実、という言葉が当てはまるファンデーションコースを終えて、19歳の私はスペイン語を大学で始めた。
そのときちょうど、そのとき付き合った人と別れて(その人は3ヶ月に1度スタバでミーティングをして
私たちの関係を見直す人だった)、映画館でバイトを始めた。
そこで出会ったイギリス人となんだかいい関係になってしまった。
彼女がいたりなんたりで、この関係は本当に疲れたし、病気になった。
でもこれは、今思うと本当に私のためにあったきついお灸だと思う。
日本に帰って、良くなってきて、初めて私は神様とであったから。
そのときはでも、映画館の人と結局付き合うことにして、(今思うとそこで縁を切ってしまえばよかったのに)
マンチェスターで心機一転がんばってみることになった。

なんだろう、一度病気になったり、バイトしたり人間関係を色々体験した事は、私にとって
「一番大切なものにどれだけ力を入れるか」を考えるきっかけになった。
それまでは、正直なところ、かなりダラダラしててもそれなりに成績も取れたから、(奇跡的)
学校も私生活も適当に楽しんでたんだけど、1年半も通った大学をやめて、もう一度3年やりなおすって
父親にお願いしたときから、もう崖っぷちというか、神経がきりりとなって、
力抜くときと力入れるとき、頑張っていいときと良くないとき、見極められるようになりたいって
初めて思った。
もともと体力ないほうの私が、毎日エネルギーだらだら放出して生きてて何か出来るかっていうと、多分、
メリハリついてるほうがもっと成果が出る気がした。
ちなみにこれは今でも目標だけど、ちょっとは出来るようになってきた気がする。

なんだかんだで2年半付き合った彼氏と生活した事も、かなり勉強になった。
ぶっちゃけ「他人」と生活する楽しさと、苦しさと、イライラと、幸せと。
なんだか絶対楽しいことがあったはずなのに、今思い出すと苦しかったことばっかり。
なんでかな。
とりあえず、誰かと生活する前に、自立することが私には必要だって痛感した。
家事とか料理とか、基本的なところから、自己管理、あと一人でいる時間。
自分の考えをゆっくり持つ時間が私には特に大切なんだって気づいた。

スウェーデンでの一年は、友達に本当に恵まれて、よく遊び、よく学びの1年だったと思う。
冬の極寒BBQでホットワイン飲みすぎて意識不明になったり、
緑がいっぱいのコテージで夜中に集団かくれんぼしたり、
今でもいくらでも話せるし、思い出話が尽きないメンバー。
ずっと一緒にいれればいいのに、って思った。
これからはまた、違う感じの付き合い方になっていくんだと思うけど、皆大好き。

マンチェスターで出会った友達は、本当に貴重。
いろんな人に出会って、色んな話をした5年間。
夜中にやってきて恋話したり、真剣に将来のこと語ったり、政治を語ったり。
本当に色んな人に出会ったけど、その中で学んだのは、
大人になるということは、多分付き合う人を選ぶ贅沢ができるようになるっていう事だ。
話や方向性が合わなかったり、環境が変わったりして、であった人々と疎遠になることをたくさん経験した、
それでも何があっても連絡を取る人もいるし、それでも機会があれば会いたいって思う友人も得られた。
その人たちは本当に大切にするべき人たちだと思うし、ゆるーくつながっていけたらいいな。
若さで5年間、いろんな人にいろんなことを喋ってきたけど、セレクトして話す事をしてもいい歳になったとも
思う。皆それなりに経験していて、皆それなりに言いたくないこともある。

最後にクリスチャンとして、生まれ変われた。
これは一番大切な実り。
クリスチャンになることで、私には「出発点」と「到着点」が与えられた。
迷うときに、困ったときに、戻るべき視点が与えられた。
洗礼受けて、何かがドラマチックに変わるかなって思ったけど、
案外そうでもなくて、正直ちょっぴりがっかりした。
でも、洗礼受けた10月から最近までに与えられた、その
「なんでもない、穏やかな日常」が、私に一番必要だったんだって、
今なら気づける。
穏やか、って色々あったけれども、それでも芯がぶれるような、私が今まで経験したような未曾有の大騒ぎ、みたいな事はなかった。だから勉強に専念できたし、しっかり考えることが出来たと思う。
平和に、過ごすことが出来た。

この6年の総括。
「いい意味で、ぶれない人間になり始めた。」
さて。どっしり構えていこうかね。

PS
毎年1kgずつちゃっかり増えた脂肪は、日本帰国後の猛烈ダイエットによって消化予定。
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by pussochkram85 | 2010-06-16 05:10 | 未分類

生きようと

日本がアフリカ化したら、あるいは自殺率は減るのかしらん。なんて突拍子のないことを考える。

モロッコ行って気づいたのはさ、
あの砂漠の国では、人間も、動物も、全部全部、必死にその日を生きようとしていた。
北アフリカは他のアフリカの国と比べれば全然、マシなほうだけど、
それでも、物乞いの人も、子供も、大人も、どんな人も、目をギラギラして
生きていくことに一生懸命だった。
エネルギーが半端ない。やっていることは何であれ、みんな必死だったのは、確か。
生が街中に渦巻いていた。
なんとなく、日本とは違うなって感じた。
私の知ってる日本には、「生きる努力」をしなくても生きていける生活が
(しようと思えば)許される環境があると思う。
私はウツになった時に、それを3ヶ月以上してた。
死にたい死にたいって思いながら。
贅沢なんだ。それって。


負けてられないわ、私も。
必死に生を貪り尽くすわ。


そろそろ島ではプルメリアとジャスミンが咲き始める季節。
夜の涼しい時間に、凛と香る花が大好きです。
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by pussochkram85 | 2010-06-13 09:58 | 明るめ・落ち着きめ